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語られない闇を語る

司法試験、大学受験、労働問題、社会問題などを中心に、あまり語られていない・語りつくされていない闇について語っていこうと思います。苦難と失敗から得た知見を曝け出していく予定です。

成功者の「才能ない」「素質ない」を安易に信じてはならない

 スポーツ界の成功者、受験界の成功者はよく、「自分は(そんなに)才能ない」「他の人の方が才能に恵まれていた」ということを口にします。

 それらの発言が全部が全部嘘とは言いませんし、本当にそうだった場合もないわけではないでしょう。

 しかし、彼らの言葉を安易に信じて、真に受けてはいけません。

 以下に、その理由を述べたいと思います。

 

 

1.謙遜している

 日本人は謙虚な人が多いですし、日本には「俺は才能に恵まれていたからな」という趣旨の発言を表だってすることは憚れる空気があります。

 実際には思い切り才能に恵まれていたとしても、せいぜい「恵まれた体格と頑丈な体をくれた親に感謝します」ぐらいのことしか言えないものでしょう(元中日の山本昌さんがこういうこと言っていたな。)。

 

 他国だと割と「天賦の才能を与えてくれた神に感謝します」みたいな発言をする人は多いですけど、日本以外でも「俺は天才なんだ」みたいなことは言いづらいものです。

 特に今の時代は、あまり才能あるある言うと、「才能のない俺らを馬鹿にしてるのか!」と謎の叩きが行われるおそれがありますからね。

  誰も「才能をひけらかす嫌な奴」だとみんなから思われたくないでしょう?

 

 

2.努力しすぎて素質や才能のすごさを忘れてる

 だいたいスポーツの成功者は幼少期から才能を見出されていることが多いですし、体格も恵まれた人が多いです。

 練習量をそれほど積まなかった幼少期からバンバン年上の選手との競争に勝って、ルーキー時代から幾多もの経験を積み練習を重ねたベテラン選手に勝っていたりするものです。

 受験界の成功者はスポーツと違って才能がわかりにくいので厄介なのですが、だいたい見てみると昔から記憶力がよくて潜在能力の高かった人が多いです。両親も高学歴、兄弟も高学歴というパターンも多く、「遺伝子レベルで素質があるやろ」と言いたくなる人が多いです。

 

 しかし、 成功者というのは、めちゃくちゃ努力をしているせいで、自分の成功の要因がわからなくなってしまうのです。

 成功というのは、努力(量・質(正しい方向性と適切な方法))、素質・適性、運・環境といった要素が複合的に絡み合って、上手くいったときに掴めるものでしょう。

 しかし、努力をしすぎた結果、努力という要素が成功に大きく影響したと思い込んでしまうのです。努力ばかりに注目がいってしまうわけです。実際には、素質や運の要素が大きく影響していても、当の本人はそれに気づきにくいのです。

 

 

3.周りがすごすぎて感覚がおかしくなってる

 世の中には上には上がいるものです。

 一般人レベルでは明らかに才能があっても、プロレベルの中でもさらに才能があるという人がいるものなのです。

 例えば、日ハムの斎藤佑樹はよくネット上「才能ない」と叩かれています。しかし、選手生命を失うレベルの大けがをしても150km近くの球を投げられますし、甲子園優勝、東京六大学30勝、プロでも2年目序盤で既に通算10勝しているわけです。

 当然一般人レベルからすれば神レベルの才能をもっています。あくまでプロの中では大したことのない才能というだけです(辛辣)。

 

 プロ野球の世界は特にわかりやすいですが、それ以外の世界でも、周りにすごい才能を持った人が多すぎるせいで、「自分の素質は大したことない」と誤認してしまうものなのです。

 誰がどう見ても才能がある東大出身の教授も「私は才能ないから」とか言ってますからね(一人や二人の話ではない。)。

 いやいや、あなた才能ありますから。あくまで「(東大の中でも神レベルに優れた頭脳を持ち、その分野の巨匠になるような教授になるような人と比べると)才能ない」だけの話でしょと。っていうか客観的に見れば、あなた思い切りその巨匠そのものなんですけど。

 

 

4.話を盛っている

 実際に1日14時間とか勉強しているのに、中二病をこじらせて「俺無勉だわ~(勉強してないのに結果出せる天才で異端な俺アピール)」とか言っている人が稀にいます(私もタイプは違いますが、本当に勉強してなくて不安に思っている人を元気づけるために、実際には10なん時間勉強していても「ほとんど無勉だわ」と言ったことが多々あります。)。

 前述した通り、日本では才能あるアピールは憚れるものなので、一般的には上のような才能アピールよりも、努力しまくったアピールの方が周りの受けがいいです。そのため、「俺、めちゃくちゃ頑張ったわ~」という方向で話を盛ることが多くなされるのです。

 

 実際には才能が大きく結果に影響していても、「めちゃくちゃ頑張ったからです」ということにしておけば、波風たちませんし、色々な人から尊敬されやすくなります。

 日本人は、とんでもなく努力したこと自体は評価しませんが、とんでもない努力をして結果を出したときにはとてつもなく高い評価をします。頭の良い人たちは勿論ですが、脳筋の人たちもそのことぐらいわかっているのです。

 

 東大主席司法試験合格を売りにしている山口真由さんがもてはやされていますが、あの人が19時間半勉強したのは口述試験前だけですからね。普段はそこまでやってませんよ。勘違いしている人は、ちゃんと本を読んでくださいね。普段から19時間半勉強したら過労死しますよ。

 ぶっちゃけ京大にすら受からず、司法試験にもまだ受かっていない私と勉強時間は大差ないです。勉強法自体はなるほどと思わされるところが多いですし、本当にすごい努力をしている人ではあるのですが、明らかにすごい才能を持っている人なので、一般人がまねしてもそう上手くいかないです。

 

 

5.最後に

 長くなったので、この辺にしておきますが、成功者の「才能ない」「素質ない」は信ぴょう性が怪しいので、鵜呑みにしてはいけません。残念ながら、ネットに限らず鵜呑みにしてしまった残念な人たちはいっぱいいますけど。

 そういう人たちが、東大舐めてたり、司法試験舐めてたり、プロを舐めてたりするんだろうなあとつくづく思います。

 ちゃんと自分自身が死ぬほど努力してみれば、あの人の「才能ない」発言は嘘だったんだな、だいぶ話を盛ってたんだなということはわかるはずなんですけどね。

 

 私もよく「素質なさすぎてしにたい」とか言っていますが、司法試験に関してはそうだっただけで、他の試験に関していえばただのかまってちゃんなだけですからね。

 ちょっと本気出しただけで息を吸うように公立トップクラスの高校に入れた人でも、「才能はゼロ~(ニュースZERO風な言い方で)」、「私は努力の天才であって、才能はゴミ」とか妄言を吐いているわけなので、本当安易に「才能ない」「素質ない」発現は信用してはいけませんよ。