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語られない闇を語る

司法試験、大学受験、労働問題、社会問題などを中心に、あまり語られていない・語りつくされていない闇について語っていこうと思います。苦難と失敗から得た知見を曝け出していく予定です。

子供の声は騒音なのか 保育園・幼稚園の近隣住人は我慢すべきなのか

社会

 

 保育園や幼稚園の開園が住民の反対によりできなくなったという話が近年よく話題になっている。

www.asahi.com

 昔のように専業主婦でやっていける家庭は減っているし、女もバリバリ働かないとやっていけなくなった傾向があることから、保育園や幼稚園の需要は高まっている。

 しかし、住民としては、静穏で平和な暮らしを求めている。当然、「騒音」を生み出す保育園や幼稚園は他で開園しろという話だ。

 そういうわけで、全国各地で、保育園や幼稚園の開園を求める経営者や行政、親と、静穏な暮らしを求める住民とが争いになっている。

 

 

 ネットでもテレビでは、少子高齢化を受けてか、「子供の声を騒音というな」や、「近隣住民はそれぐらい我慢しろ」という意見が多いように思われる。

 しかし、本当にそれでよいのだろうか。少子化が改善するなら何をやってもよい的な暴論が近年は増えているが、これらの意見もその暴論ではないか。

 そういうことをよく思いますし、上記意見はファシズム的な要素もある危険な意見だと個人的に思うので、色々以下に述べたいと思います。

 

 

○子供の声は騒音なのか?

 かわいらしい子供の遊ぶ声を騒音というのはけしからんという人たちがいる。

 確かに、騒音というと、車や飛行機などが出すうるさい音を想定しがちだし、騒音という言葉自体に「好ましくない」というマイナスイメージがくっついている感はある。悪気がなく、将来日本を支えてくれるかもしれない子供の声を車などが出す「騒音」と同じようにとらえてはいけないというのはそうかもしれない。

 

 しかし、日本語的な意味でいうと、騒音とは騒がしい音のことをいうのであって、誰かにとって騒がしければ騒音と言うのも仕方がない気がする。

 それに、自分の子供やその友達の声は微笑ましくて主観的には騒音とは言えなくても、赤の他人からすれば微笑ましいとは限らないため、主観として騒音になるだろう。

 あなたも電車の中のきもいおっさんの声は騒音とみなすのではないだろうか?そのおじさんには家族がいて、その家族からすれば決して騒音ではないとしても。

 子供だって所詮は同じことで、他人からすれば騒音としか言いようがなく、騒音と言われても仕方がないのではないだろうか。他人からすればちゃんと人に迷惑をかけないよう静かにするよう教育しろという話になってしまう。

 

 ということで、子供の声を、有害なものとのイメージのある「騒音」と言うのは少し違和感があるものの、それに苦しめられる住民からすれば、そういわれても仕方がないのではないかと思う。

 

 

○近隣住民は我慢すべきなのか

 保育園や幼稚園の付近は実際、かなりうるさい。

 ↓のような話はよく耳にするし、実際近くの保育園や幼稚園の付近を通ったときはうるさいと感じたため、私もアパートを借りるときは、保育園や幼稚園の付近の物件は選択肢から外した。

「保育園の隣に住むのは発狂レベルの騒音だった」という話 |


 眠れないし、集中できないというのは、QOLが大きく下がる原因になる。
 世の中には夜勤の人もいるし、在宅ワークの人もいるし、私のように次の試験に人生を懸けてる浪人生もいる。

 住民は我慢しろという言う方は、そういう人たちの存在忘れてないでしょうか?

 他人の生活、健康、人生に悪影響を与えるのだから、それを正当化するだけの十分な根拠が必要なはずだが、十分な説得もなしに「社会的に好ましい施設だから近隣住民は我慢しろ」というのは暴挙としか言いようがない。

 

 騒音という被害を与える以上、せめて金銭で損害を保障することぐらいはすべきである。

 私も、住む物件の候補から外したといったが、保育園や幼稚園が近くにあると物件の人気は下がる。家賃収入が減るのである。

 いくら利益を生み出す施設であっても、補償もなしに他人に損害を与えることが許されていいわけがない。それをしたら中国政府と同じになってしまう。日本人があれだけ目の敵にしている中国政府と同レベルの人権侵害を許容することになるのである。

 

 これでは、盗人猛々しいならぬ、加害者猛々しいではないか。
 せめて十分な金銭補償をすべきだし、仮にそれができないとしたら「申し訳ないですがよろしくお願いします」という態度で了承を得るべきである。

 何がどう間違えたら「それぐらい我慢しろや。ボケ」みたいな風潮や態度になるのだろうか。


 それに、社会に利益をもたらすという点では、ゴミ処理施設や原子力発電所、アメリカ米軍基地も同じである。こららのいわゆる迷惑施設は、日本の人々の生活に大きく寄与しているのは間違いない。

 そっちには全力で反対する人がほとんどで、反対する人を問題視する人もほとんどいない。世の中には頭のおかしい人が少なからず存在するが、こればかりはしゃあないというのがさすがにわかっている。

 しかし、保育園や幼稚園の話となると、なぜか思考停止に陥る人が多い。子供は宝だから、社会の財産だからの一点張りでなんでも主張を通そうとする。基地なんかは全力で反対する人ばかりなのに、なんか一貫してなくないですかという話だ。

 それに、まともな国家ではその主張は通らないだろう。了承を得るか、補償をして解決を図るべき問題であり、ヤクザのような態度をとることは決して許されてはならないはずである。