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語られない闇を語る

司法試験、大学受験、労働問題、社会問題などを中心に、あまり語られていない・語りつくされていない闇について語っていこうと思います。苦難と失敗から得た知見を曝け出していく予定です。

多様性=女性活用だけではない 他の要素や内面を見て多様性を図るべき

社会 大学受験、受験一般 男女均等、男女差別

 最近、大学や企業などで多様性(ダイバーシティ)の確保が課題とされています。

 似たようなタイプの人ばかりを獲得するのではなく、様々なタイプの人を獲得することで、様々な意見・発見を生み出し、新たな価値を得ようと色んな組織が多様性の確保に取り組んでいます。

 

 

 しかし、日本の場合、アメリカなどとは違って人種が多様というわけではないですし、他国と違って自国以外の国のルーツを持つ人は少ないです(98%以上が日本がルーツであるし、ほぼ黄色人種。)

 大学などは留学生を積極的に取り入れようとしていますが、日本語という特殊な環境がありますし、人種や出身国などで多様性を確保するのは難しいのが現状です。

 

 また、日本では高校を卒業してすぐ大学に行き、大学を卒業して(理系の場合は大学院修士課程を修了する場合あり)すぐ就職するのが一般的であり、それ以外の道を選ぶとなると優良企業への就職が難しくなるなどの不利益があります。

 そのため、年齢や人生経験(就職、出産、育児)などで多様性を図るのも難しいです。

 

 そういうことで、日本では多様性というと、とりあえず女性活用という話になりがちです。

 今まで男性が多かった分野で女性を積極的に取り入れようとすることで、とりあえず多様性を確保したとなることが非常に多いです。

 しかし、本当にそれでよいのでしょうか。

 それに他にももっと多様性の確保として考えられることはないのでしょうか。少し考えてみたいと思います。

 

 

○女性を確保したところであまり意味がないかもしれない

 少し前に九州大学が多様性確保の一環で女性枠を導入しようとして、法の下の平等に反するとの批判を受け、撤回したという事件がありましたが、そもそも女性を確保しただけで多様性が確保できるのでしょうか。

 

 例えば、あえて工学や理学を志すような女子生徒は、頭脳や中身がほとんど男子生徒と変わらないことも少なくないでしょうし、結局、女性を優遇するだけでは性別が違うだけで、ある地域の裕福な家庭出身の似たようなタイプの人ばかりが集まる可能性は高いのではないでしょうか。

 今まで獲得してきた人間とは違うタイプの人間を採ろうとするべきであり、安易に女性を獲得することでは問題が解決するとはあまり思えません。

 

 

○性別以外の違いの方が大きい

 性別だけではなく、出身国、親の出身国・国籍、都会育ちか田舎育ちか、裕福な家庭出身か否か、年齢・職務経験・人生経験、文武両道をしてきたか、芸術などに力を入れてきたか、得意な分野は何かなどによって人のタイプは大きく異なるものです。

 それこそ、男か女かなんかより多様性という観点では大きな差が出る要素も多いでしょう。

 だいたい文系か理系かだけでも、考え方の点で男女と同じかそれ以上の差はありますからね。都会育ちか否か、裕福か否かなどでも当然考え方や出てくる発想の点で大きな差は出るでしょう。

 

 それに、性別で多様性を図りたいと思うのであれば、女性よりもLGBTを獲得するほうが良いのではないでしょうか。人口の約半分は女性であり、何とも言っても数が多く、既に組織にある程度の数いることも多いですが、LGBTともなるとやはり数は少なくなるでしょう(オープンにしないだけで既にいるとは思いますが。)。

 ゲイの人はやたら芸術の世界で活躍していたりしますし、LGBTの人を獲得するほうが普通の女性を獲得するよりも、今までにはない視点から鋭い意見が出ることを期待できるかもしれません。

 

 

○大学、企業で多様性を出すためには

 有名大学の場合、日本出身の日本人、ある程度の人口がいる都市出身、裕福な家庭出身、有名私立や中高一貫校出身、高卒すぐ入学、スポーツ経験あまりなし(あっても中学ぐらいまで)といったタイプが多いですし、ド田舎出身や貧困な家庭出身やバリバリスポーツをして結果を残した人なんかを獲得するほうが多様性が図れるのではないでしょうか。※

 他には数学と世界史日本史地理を選択制にするなど科目も変え、得意なものが違う人たちを集めるのも良いかもしれません。

 

 あと、経歴だけ見ると典型的と思える場合であっても、発想は常人と違うという人もいます。

 面接やエントリーシート、小論文、研究企画書(に準じるもの)などで、どういう考えをしている人なのかをしっかり見極めたうえで、他のタイプとは一風変わった人を獲得するのが良いのではないでしょうか。

 

 とにかく、性別など外見を見るだけではなく、内面を見て多様性を図らないと真の多様性は図れないでしょう。結局、多様な意見や見解・考え方を生み出したいというのが多様性を確保する理由なのですから、内面の多様性を図らなければ意味がないのです。安易に外形だけ多様性を図ってもダメなのです。

 

 企業もだいたい大学と同じことがいえると思いますが、他の企業での職務経験がある人や、文系大学院などで変わった経験を持つ人など今までは新卒至上主義であまり採らなかった人を積極的に採用することで、多様性が図れるかもしれません。

 ほぼ同じ年齢で同じようなレベルの大学出身を選んでいたら、そら多様性を図るのは難しいという話ですからね。似たようなタイプが増えるのは当然のことでしょう。

 勿論、同じ大学の同じ年齢の人でも、性格や考え方は違いますし、十把一絡げには語れないので、内面をしっかり見た上で多様性を図ることは可能ですけどね。

 

 

 今の日本社会は、多様性=女性活用と安易に考えがちですが、もっと他の要素での多様性確保を考えるべきですし、何より小論文や計画書などで内面をしっかり見て多様性を図るべきではないかと思います。

 とりあえず、大学も企業も、クソみたいな田舎で育って危機感を強く覚え、崩壊した家庭で育ったことで立派なアダルトチルドレンになり、貧乏で「ハーゲンダッツを好きなだけ食べたい」と涙する幼少期を過ごした末公立学校にしか行かせてもらえず、社会への怒りをスポーツにぶつけスポーツをめちゃくちゃ頑張ったという私のような人を積極的に受け入れると良いのではないでしょうか。

(まだ笑い話にできる要素だけ書いているだけで、実際は自殺していないのが奇跡と言われるぐらい境遇が酷い。)。

 

 

※ただ、よく考えてみると、スポーツで実績を挙げている人は割といますし、絵画や音楽などの活動に力を入れてきた人も結構いるんですよね。

 有名大学出身=ガリ勉のイメージが世間では強いですが、勉強以外の経験もしっかり積んでいる人はかなり多そうですし、勉強以外の経験を重視するということにどれだけ効果があるかは不明ですね。