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語られない闇を語る

司法試験、大学受験、労働問題、社会問題などを中心に、あまり語られていない・語りつくされていない闇について語っていこうと思います。苦難と失敗から得た知見を曝け出していく予定です。

「死のうとするぐらいなら死ぬ気で頑張れ」は的外れにもほどがある

 この社会では、何故かうつ病の存在をかたくなに否定したり、うつ病を正しく認識・理解できなかったりする人が一定数いる。

 そのせいなのかはわからないが、ネットでもリアルの世界でも、たまに「死のうとするぐらいなら死ぬ気で頑張れ」という人が出てくる。

 

 しかし、そういう話をすることは合理的な対応なのだろうか。実際に精神を病んだ人の立場として、少し語りたいと思う。

 

 

精神疾患を患っている人はこれ以上頑張る力も残っていない

 死にたいとかいう人はだいたい精神を病んでいるものだし、前から死にたいと言っていなかった人であればうつ病の可能性が十分にある。
 うつ病は心の病気とよく言われるが、そんな言い方をするから誤解を招くのであって、実際には脳の機能障害である。

 脳が言うことを聞かないのだから、努力ではどうすることもできない。コンピュータがブレイクダウンして修理に出さないといけない状況になっているのと同じことだ。適切な治療と時間の経過がなければ回復できない。

 

 当人は、自分が思うように活動することすらできない状態であり、もはや普通に頑張ることすらできなくなっており、それでもがき苦しんでいるのである。ましてや死ぬほど頑張れる力が残っているわけがない。それができるのは元気な人だけだ。
 もはやこれ以上頑張れないほどの状態になっている人に「死ぬほど頑張れ」と言っても無理を強いているだけで逆効果にしかならない。もはやブサイクな人にアイドルになれと言っているぐらいのバカげたただの嫌がらせである。 

 

 結局、「死ぬ気で頑張れ」が通用するのは、ただ甘えで動いていない人だけであり、心身ともに健康なのに本気を出していない人ぐらいだ。

 心身共にボロボロになっている人にはとてもじゃないが通用しない。

 


・既に死ぬほど頑張ったがどうにもならなかった
 傍から見れば大したことがなくても、その人にとってはすごい重荷であることはよくある。それに、家庭内が修羅場と化しているなど外からは見えない闇を抱えている可能性も高い。世の中には、私のように物心ついたときから「お父さんとはもう別れるから、今のうちにお父さんとお風呂に入っておきなさい」などと母から言われるような子もいるのです。

 死にたいとか言っている人は、だいたい「とんでもない重荷を背負いながら生きてきたが遂に限界が来てしまった」というパターンが多いし、そういう人にさらに頑張れと言っても「何言ってんだこいつ。頭の悪いお前みたいな人間が死ねよ」となるだけである。

(いや、それを言えるだけの人はまだ元気があるので、そもそも死のうとしないか。)

 

 既に本人にとっては死ぬほど頑張っていて、それでもどうにもならなかったのだから、今度はアプローチを変えたり今いる環境から逃げたりすることを考えるべきであり、これ以上頑張れというのは愚かな意見でしかない。うつ病を患っていたら悪化させるおそれがあるし、最悪の事態も招きかねないだけだ。

 事情を知らない人には頑張っているように見えないのかもしれないが、事情も知らずに勝手なことを言うべきではないという話である。

 

 

・そもそも死ぬほど頑張っても変えられないことは多い

 死にたいと思うような人はだいたい障害をもっていたり、大きなトラウマや大きすぎる問題を抱えているものである。

 例えば、発達障害とかパーソナリティー障害は治しようがないし、内面の問題はどうすることもできないことが多い。社会生活を送るうえでのとんでもない障壁があっても、それをどうすることもできないまま、苦しい日々を送り続けなければならないおそれが強いのである。

 

 もっとわかりやすい例でいうと、性別違和症の場合は、男から女になるという極めて困難なことをしなければ死ぬレベルで辛いということになったりするが、正直それができるのは容姿も経済面も恵まれた一部の人だけである。程度の差こそあるが、強すぎるコンプレックスや苦しさ・辛さを抱えながら生きるのはとてもじゃないが厳しい。

 やるだけのことをやったのに、キモくてゴツイオカマ扱いをされるとか私にはとてもじゃないが生きられる気はしない。自殺率がとびぬけて高いのも当然である。※

 

 他の障害や病気でも、投薬では改善できないことも少なくないし、障害から回復することは期待できなかったり、すごく時間がかかったりしてそこまで待てないということもある。死ぬより酷い生き地獄も当然あるだろう。

 当人が努力したところで、現在の医療水準ではどうしようもない問題は多いのである。

 

 また、障害や病気こそない場合でも、人生が詰んでしまったり、あまりに大きすぎる失敗をしてもはや生きる希望を失ったりする人は多い。

 就職に少し失敗しただけでも思うような暮らしをするのが非常に難しい国においては、生きる希望を失うほどの経験をする人も当然いるだろう。そして、そういう人が努力によりその状況を脱却できるかと言われると極めて難しいことが多いだろう。

 結局、これまた本人の努力ではどうしようもなくて、いかに悟りを開いて諦めの境地に行けるかの問題になる。努力しろと馬鹿の一つ覚えのように言うことは意味がないだろう。

 

 

 タイトルのような発言をする人は、だいたい、元気な人を基準としてしか物事を考えられない、死ぬ気で頑張ってもどうにもならないことがあることを知らない、死ぬ気で頑張ってどれだけのことが得られるのかわかっていない。

 言葉を悪くすると、他人への配慮のない無神経で、物事をしっかり考えないような人がタイトルの発言をしているのではないだろうか。

 

 死ぬ気で頑張れるのは元気な人だけだし、死のうと思うほど疲れ果てている人に死ぬ気で頑張れということは、はっきり言ってただの嫌がらせ、ハラスメント、いじめである。

 おそらく、本人もそのつもりで言っているのだと思うが、そうでないとしたらとんでもない的外れで愚かなことをしたと反省していただきたい。

 

 

※世間の認識を正しく表現するため、あえて差別的表現を用いていることをご了承ください。